SUAI.JP |スアイ:Adult Ballad,This sound belongs to ©Tark Melson. (tarkmelson@gmail…)

グラスが空になるまで 

SUAI — Adult Ballad Stories

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グラスが空になるまで

人生には、何度も会っているのに、伝えられなかった言葉がある

二十年目の夜、氷が溶けるまでの、ささやかな告白の物語


氷が溶ける音は、時間の音に似ている。
カウンターの隅で、僕はそれを聞いていた。いつもの店、いつもの席。二十年前から、ここだけが何も変わらない。

「ごめん、遅くなった」
彼女は隣に座り、マスターに「同じものを」と言った。僕が頼む酒を、彼女はいつの間にか覚えてしまった。そういう人だった。

「最近どう?」
「まあまあ。君は?」
「私も、まあまあ」
ふたりで笑う。本当に聞きたいことは、笑いのあいだに沈んでいく。

「先月ね、昔の人に会ったの」
彼女はグラスを見つめたまま言った。
「あんなに好きだったのに、もう何も感じなかった。人の気持ちって、思ったよりあっけないのね」

僕は何も言わず、彼女のグラスに酒を足した。
あっけなく変わる気持ちがあるように、二十年たっても変わらない気持ちもある。それを口にする勇気だけが、僕にはずっと足りなかった。

彼女が席を立つと、マスターがグラスを磨きながら、ぽつりと言った。
「今さらだから、言えることもありますよ」
僕は答えなかった。ただ、その言葉が、氷のように胸の底でゆっくり溶けていった。

戻ってきた彼女は、窓に映るふたりの姿を見ていた。肩が触れそうなほど近い。触れたら壊れてしまいそうで、僕はただ、それを見ていた。

「ねえ」
彼女の声は、少しだけ小さかった。
「人生って、短いのね。会いたい人に会えないまま、言いたいことを言えないまま、いつの間にか過ぎて行っってしまうの」

「……寂しいのか」
「寂しい夜もあるわ……。でも、あなたといる夜は、なぜか平気なの」

胸の奥で、何かがほどけた。
氷がからん、と鳴った。

「もう少し、ここにいてくれないか」
言ってしまった。声が震えていた。
「今夜は、君を帰したくない。ずっと言えなかったことがある」

彼女は何も言わない。僕は目を伏せたまま、続けた。
「君の過去も、痛みも、全部、君をつくったものだ。僕はそれを全部、好きでいたい。これから先の君の毎日に……、僕もいさせてほしい」

長い沈黙。
やがて、彼女が小さく息をついた。

「……遅いよ」

胸が冷たくなった。
「二十年も、待たせて」
彼女は泣きながら、笑っていた。
「でも、来てくれた」

僕は、そっと彼女の手に触れた。
指先は冷えていて、でも、確かにあたたかかった。

気がつくと、グラスは空になっていた。
氷はすっかり溶けて、窓の外が白んでいる。

ふと顔を上げると、カウンターの向こうで、マスターがグラスを磨いていた。
目が合うと、何も言わずに微笑んで、小さくうなずく。

もう一杯はいらない。
朝の光のなかで、僕たちは、はじめて同じ方向へ歩き出した。


SUAI — Adult Ballad Stories

カウンターの隅で
君とグラスを傾ける
いつもの店 いつもの席
なのに今夜は少し違う

「最近どう?」なんて
どうでもいい話をしながら
本当に聞きたいことだけ
また言えずに笑ってる

氷がゆっくり溶けるたび
僕の強がりも消えてゆく
酔ったせいにできるなら
今夜くらい いいだろう

グラスが、空になるまで
もう少しここにいてくれないか
君の声を聞いているだけで
寂しかった夜がほどけてゆく

好きだなんて言葉より
もっと深い場所に君がいる
今夜は帰したくないなんて
言えない僕を 笑ってくれ

君が昔の恋を
少し寂しそうに話すから
何も言わず もう一杯
僕は静かに注いでみる
幸せだったことも
忘れられない痛みも
全部君を作ったのなら
僕は全部 好きでいたい

窓に映ったふたりが
少しだけ近く見えて
触れれば壊れそうだから
ただ隣で見つめていた

グラスが、空になるまで
もう少し話していてくれないか
君が笑ってくれるたびに
僕の昨日まで救われてゆく
愛してるなんて言葉では
きっと足りない夜がある
君がここにいる それだけで
こんなに胸があたたかい

何杯目だったかな
もう覚えていないけど
君に出会った日のことだけは
今でもちゃんと覚えてる
あの日から僕の世界には
帰りたい場所がひとつ増えた
それが君だと
今なら言えるよ

グラスが、空になっても
このまま隣にいてほしい
夜が明けて 街が目を覚ましても
君の手を離したくない
好きだよ
やっぱり君が好きだよ

酔ったせいにはしたくない
遠回りばかりした僕だけど
最後に帰る場所は
君がいい

空になったグラスに
朝の光が揺れている

もう一杯はいらないよ
君がいれば
それでいい